世紀末のおひなさま

所謂、毒親・毒子・人格障害(特にNPD)の行動に振り回されたサバイバーの自伝的なアレ

解毒ノススメさんのように

「解毒ノススメ」というブログをご存じでしょうか?

人生どん底の時期にこの方の毒親戦記に救われました。自分が内省を始めたころは、まだまだ「毒親」という言葉は耳慣れない時代でした。そんな頃、イギリス在住で現地の方と結婚した解毒のススメさんの等身大の解毒記事はとても印象に残っています。毒親本のバイブルである「毒になる親」をはじめ、愛着障害人格障害の書籍を多数執筆されている、精神科医岡田尊司氏の書籍紹介など、彼女のブログは当時の自分にとって、目から鱗の連続でした。

残念ながら、現在はブログを閉じてしまっているようです。最後の記憶は、解毒ノススメさんが、ヨーロッパで友人を募集していたことです。着実に解毒の道を歩んでらっしゃいました。当時の自分は、彼女のような解毒ステップを踏めるイメージがなかなか湧いておらず、友人募集のようなエネルギーが必要な大胆な行動に驚きました。自分にとっては、人付き合いとは気疲れが付きまとい、疲弊してばかりだったからです。

解毒して自分の人生を歩み出した今は、人と関わった後の疲れが嫌なものではなくなり、回復もずいぶん早くなりました。人目を気にしていた頃の、1人大反省会も開かなくなりました。解毒ノススメさんも、きっと自分の為に行動し始めたのだろうなと今なら想像ができます。

この「世紀末のお雛さま」というブログは、自分のために綴るつもりではありますが、過去に解毒ノススメさんに救われたように、親の支配に苦しんでいる方に届いたり、何かのキッカケになれば幸いです。

今も解毒ノススメさんのブログが残っていれば感謝の気持ちをお伝えしに、ブログを訪問したかったですねぇ。どん底時代の自分に一筋の光を灯してくださいました。


毒親に思いを伝えるタイミング

所謂毒親との関わり方について悩む方は、「毒親との対決」とか「毒親への手紙」とかそういったワードを聞いたことがある方が多いと思います。世の中には、決別することを推奨するような情報もよく見かけますが、個人的にはケースバイケースであると感じています。ただ、タイミングの良し悪しはありそうです。今回、なぜこのタイミングで親に対して説教をしたのか、自分なりに振り返ってみたいと思います。

機能不全家庭で育つということは、「(健全ではない)その家の独特のルールに巻き込まれること」を指す。自分の場合、実家のルールで社会に出てしまい、これまでのやり方が通用しなくなったことで、身体のほうが悲鳴を上げだした。これは内側の悲鳴を聞き取れなかった反動だったようだ。休息する時間が取れたことで、初めて自分の内面に目を向けることに取り組むことができた。

自分の内面に目を向け、実家や親に絶望し、自分が支配されていたことを認め、休職して生産性がゼロになることで「役に立たない自分」を初めて味わった。この時、生産性がゼロでも生きていてよいのだ、他人に迷惑をかけてもいいのだと腹落ちしたことで、履き違えた全能感が消えていったように思う。

復職してからは、以前とは全く違う世界にいた。人はこんなにも助けてくれるんだと。今まで「迷惑をかけてはならない」と思っていたのは何だったのかと。まず大きく変わったことは他者への姿勢だった。持ちつ持たれつ、困ったときはお互いさまと心底思えるようになり、感謝しあえる関係性を築けるようになった。

さらに仕事へのスタンスも「すべき」という思考から「したい」という思考へ変化していった。この頃には、親を「親という立場に縛られず一人の人間としてみてみよう」と思うようになった。同時期に、兄が発達障害であると診断されたと知り、母もその傾向があるということが濃厚になった。発達障害ASD)傾向がある中で、子育てをしていたら、親も当時は精いっぱいだったのだろうと思えるようになってきたのだ。

しかし、あることがきっかけで、私はさらに視野を広げることになった。母は「発達障害傾向」だけではなく、パーソナリティ障害の側面(特にNPD)も強いのだと気づいたのだ。ASDADHDの方と接する機会があり、その中で、母のふるまいとは違う部分を多々感じ取ったからだ。もっとも違和感があったのは、母は「他人に絶対に謝らない、いつも上から目線である」ということだった。

成熟した大人であれば頭を下げる場面であっても、絶対に下げずに、悪びれた様子もなく、逆に相手を非難するといったことが今だにあるのだ。自己愛性パーソナリティ障害の理解をすすめていくうちに、目からうろこな事実を知った。NPDの人たちは「自分の感情を自分のものとして受け取ったことがない」そして「いつも緊張状態で神経をすり減らしている」というのだ。

記憶の中の母は、いつも誰かに怒り文句が絶えなかった。感情的にふるまっていたので、まさか「自分の感情に対する自覚がない」とは思いもよらなかった。母は行き場のない怒りを誰かにぶちまけ、相手を責め立てたり、正当性を主張したりして、「それはつらいですね」という言葉を相手から引き出していたのだろう。これは、自分が受け取るはずの感情をまわりの人に処理してもらっていると解釈できる。その感情の処理役が幼いころの自分だったとあらためて認識した。

多くの心理学やカウンセリングの書籍でインナーチャイルド(トラウマで傷ついた過去の幼い自分)を癒し、親を一人の人間として見つめ、当時の親へ思いをはせることで、関係性が修復したり強まるといった事例を目にしてきた。しかし、今だに他人に謝れない母を見たとき、数々の書籍の事例にあるような「心が通う」未来は全く想像できなかった。

自分の気持ちを伝えたとして何になるだろう?と思ったのだ。自分の感情を受け取ってこなかった相手に相手の気持ちが想像できないことは明白だ。「これはもしかして、まずは母が自分自身の感情を受け取るところからでは?」という確信が私の中によぎったのだ。これは、親へ過度に期待しなくなった冷静な自分がいるという自信にもつながった。

そして私は、自分の感情はあまり表に出さずに、過去に母の感情処理を「強制的にさせられていた」という意味を含ませながら、「自分の感情は自分で受け取ってください。」と告げた。たぶん、私が今伝えたいことだったのだ。そして、親が年老いたものの大病をしていない健康的な今だからこそ言えると思った。

幼いころ、すでに私は伝えていたんだ。「自分の気を晴らすために相手に当たり散らすのか?」と母に何度も問いかけていた。当時の私は自信を持っていいのだ。30年後、多くの人と信頼関係を築けるように成長した君も、同じことを伝えるよと背中を押してあげたい。(あ、感情がぐぉーーーーーっときた!)

ブログタイトルでは「思いを伝えるタイミング」となっていますが、実態としては「思いを伝える」のではなく「何が起きているのか伝える」となっていますね。たぶん、感情処理をしていない親に「思いを伝える」というのは土台無理なので、「思いを受け取る準備が必要」という気づきとしてまとめました。

 

毒親への手紙ならぬ、親に説教した話

これは所謂毒親育ちのサバイバーが図らずも親へ説教した話です。実家を出て15年以上、疎遠になって10年近くという状況です。2023年の夏、兄夫婦をめぐって少しだけ連絡を取った後の冬の出来事でした。年に片手の指で足りるほどの連絡(LINE)しかしない関係の中、久しぶりに事なかれ主義の父へ連絡を入れたところ、暴君の母がいつもどおり爆発したようです。その発端となった手紙(LINE)がこちらです。

--

父から連絡をいただいた印象は、「あぁ、お変わりないんだな。」と思いました。なぜ、私から父へ個人的に送ったLINEの内容があなたへ筒抜けになるのでしょう?①あなたが勝手に父のLINEをのぞいた②父が私との個人的なやり取りをあなたに共有した どちらのケースも如何なものかと思います。夫婦といえど互いのプライバシーや境界線は必要では?昔と変わらず、対等な人間関係を築けていないとお察しします。

そして、父に話を聞かずとも、あなたが父のスマホをのぞいたのだろうと想像できてしまってとても切ないです。父はあなたと話し合いをしたと言っていましたが、おそらくは、あなたが感情にまかせて怒り、勝手な解釈でこちらの状況を決めつけていたのでしょうね。父とあなたが「対等に」話し合っているところを見たことがありません。そして、あなたが「誰かに誠心誠意謝罪する」ところも見たことがありません。

父とは少しのやり取りでしたが、あなたがた夫婦から「義姉に会いたい」といったっことや「兄の発達障害を理解しよう」という姿勢について、みじんも感じられませんでした。そんな状態で兄夫婦に関わりませんよう。強く要望いたします。月末に実家近くで仕事の予定があり、実家へ立ち寄ろうかと考えがよぎったので、久しぶりに父へ様子をうかがいましたが、こんな流れ(1日中の夫婦喧嘩勃発)になるとは思いもよりませんでした。非常に残念です。

兄夫婦へ会いに行く、私たちと関わりたいとおっしゃる前に、どうぞご自分たちのことに集中してください。私のLINEひとつで一日中の話し合い(喧嘩)が勃発するようでは、おちおち連絡も取れません。例えばご近所の鈴木さん、田中さんなどのお宅で「子供が父にだけ連絡をしている。」と聞いたとき、「そんなのはおかしい!」となりますか?ならないですよね?もし聞いた相手が声をかけるとしたら「お父さんに聞きたいことでもあったんじゃない?」とか「自分には話してくれないと思って哀しいんですね」とかそういう反応になりますよ。

なぜ、私が父へ連絡すると怒るのですか?何がそんなに哀しいんですか?なぜあなたに私と父のやりとりを把握する権利があるんですか?私や父はあなたの所有物ですか?違います。他人です。他人は思い通りにならないものです。その怒りを誰かに当たり散らしたところで、心が満たされないことは、もう何十年と続けてきてわかっているはずです。どうか感情を自分のものとして受け取ってください。

お2人が対等な夫婦関係を築き、安定しないと、周りが気を遣うことになります。会うことも対話をすることも難しいということをご認識ください。(なぜ、私がこんな説教をしなければならないんですか?)そういえば、お二人が喧嘩(面前DV)をすると、生意気にも私が止めようとしたり、注意していた記憶があります。そして、改善したと感じたことはありませんでした。あなたに対して「あなたの気を晴らすために、父や兄に当たり散らすんですか?やりたいならやれば?(もう知らん)」と呆れて発言したことが何度もありましたね。そんなことをまだ私に続けさせようとするんですか?あなたの気晴らしに付きあう父にも、父の気持ちを考えないあなたにもうんざりです。

私に申し訳なかったと思うのは自由です。しかし、私は罪悪感を持てとか、見返りをよこせとか、人格者になれとか、そんなことは全く求めていませんので誤解なきよう。誤っていただいても当時の自分は救われません。社会的背景からこのような親子関係は国内の1/3くらいの過程で起きていそうですし、若かったお二人にどうにかできたとも思えません。それに自分のことは自分でしか救えないのが心理です。申し訳ないと思うなら、どうぞご自分のことをご自分で導き、自制し、目の前の相手を尊重する対等な人間関係を気づいてください。

私や発達障害の兄夫婦に関わろうとするなら、あなたと父、夫婦そろってメンタルクリニックやカウンセリングへ5年10年通う必要があると思いますので、本気で関わるならそれくらいの覚悟を持ってください。また、関わらないという選択肢もあると思います。臭いものにフタをしたまま生きることを否定はしません。今の世の中そんな人があふれていますからね。行動できる人は少数でしょう。
耳の痛いことを書いたと思います。多分、私はお2人とそもそも価値観が異なる上、互いに気を遣うなら無理に関わる必要はないという考えです。共通の趣味などを楽しむっことならできなくはないかもしれませんが、夏の一件と今回のことでさらにモヤモヤしているのが正直なところです。この話もおそらくは半分も理解いただけないことを承知でお伝えしています。

最後に、お2人はこんな風に叱ってくれる大人が周りにいないまま育ち、子を産み育てたのだろうと思っています。それは大変に難しいことだったと思います。実家では、ヒトとしての精神的なつながりや成長の仕方は学べませんでしたし、心理的に安全な場所ではありませんでした。しかし、衣食住には困らず、学費も出していただき感謝しています。子供らが自立し、伴侶もおり、社会で起きている問題に目を向けられるほどになりました。これ以上、何をお望みなのでしょうか?
現時点では価値観の違いを埋める必要もないし、互いの納得も折り合いをつけることも無理にする必要はないと思っています。こういったことは時間がかかる(それこそ10年20年)と思っていますのでご返信にはおよびません。

お元気でお過ごしください。

※くれぐれも、自分の気を紛らわすために兄や相方へ連絡を取るようなことはお控えください。自暴自棄になり被害者ぶってもあなたの求める反応は致しません。自業自得と思うだけです。あなたが怒るのは「あなたが選択したこと」であり「あなたが責任を取る」必要があります。「誰のせいでもない」のですよ。世界はそうやってまわっています。そのことを知らずに、日々を過ごすのは苦しくはないのですか?日々穏やかに過ごす人ならみんな知っていることですよ。あなたの世界も私の世界も小さいです。多くの大人に出会わなければ知りようがないかもしれませんね。

どうしても気を紛らわせたいなら、誰にも当たり散らさず、私にお電話してください。本日の日中30分程度なら通話可能です。

--

 

その後、母からも父からも連絡はありませんが、とても晴れやかな気持ちです。親が元気なうちに、「親の問題は自分らで解決するもんよ」と伝えられたことで、私の肩の荷が下りたような心地です。親に説教した話しをもって、わたくしの自己紹介とさせていただきます。どうぞよろしくお願いします。

はてなブログでの活動方針は……ゆるゆる考えたいと思います。